| 祭紅瓢箪瓶 | ||||
| H137 | お問合せ | |||
| 時代 | 明宣徳 景徳鎮御窯 | |||
| 銘款 | 無 | |||
| サイズ | 高さ21.5cm 最大胴径10cm | |||
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| 祭紅とは紅釉の特殊の品種です。明永楽宣徳年に掛けて初創されした。明正徳年皇室は郊壇祭に用いたため、“祭紅”とよばれました。<BR><BR> 祭紅色とは“紅くて艶麗しない、色調が深く度を過ぎない、均一で垂れ込まない、磁貫はない、朱霞の如くにして、万世の名品に”と言われます。今の言葉で喩えると、普通の紅釉は“ファッション”感覚ならば、祭紅は“フォーマル”という感じです。深い赤に緘黙な艶がジーンと感じられ、穏やかで、粛然な雰囲気があります。それが、祭器として選ばれた理由であります。<BR><BR> 祭紅技法は難しいので、成功率は200分の1と言われています。祭紅釉の配合には珊瑚、宝石、黄金、珍珠など使われていた、とっても高価でした。明宣徳年以降、好いものは造れなりました。万歴年以降は姿を消しました。清康熙後期朗窯により祭紅釉を復元する努力をしましたが、一味違う”朗窯紅”が出来ました。乾隆年になるとやっと宣徳年に近い発色のものができましたが、清乾隆以降再び祭紅の技術が失われ、清末の光緒〜民国には祭紅の写しが出ましたが、ほとんど落ち着かないガラス質の釉のものでした。<BR><BR> この品の発色は宣徳年の祭紅(宝石紅)の色です。各年代の祭紅参考品を下記にいろいろ掲載しておりますので、比べて見てください。 |
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この品は明のものとして鑑識の理由も幾つかお話します。 やや黄色気味の底釉は”米湯底”と言います。圏足は平削りですから、圏足内部は閉じこまれたため、部まで掛かる銅紅釉は焼成中に酸化不足になりがちで、やや黄色味か林檎緑味になります。 米湯底現象については、清の文献<陶雅>第四十一に説明があります:“<B>祭紅瓶盞之底。略分二色。微緑者。頻果底。曰宣コ也。混白者。米湯底。曰萬歴也。又有開片不開片之分;大体蘋果底。罕有不開片者。惟皆無款項,郎窯亦然。</B>” つまり、宣徳年の祭紅は底がやや緑味、万歴の祭紅の底が若干黄色気味です。緑味の底部は大抵磁貫があります。祭紅器は皆落款はしません、朗窯も落款はしません。 (しかし、陶雅が言い及ばした”万歴祭紅”は、ほかの古文献にも記載がありますが、今さら一つも見つかっておりません。)。もともと黄味か緑味か、銅が酸化不足程度の問題ですから、大まかに明の祭紅器と朗窯の紅釉器にはこのような現象があるは共通の認識だ。しかし、この品を高台裏と口縁の白い部分がきらきらと微妙に緑艶がありますが。瓶頚内部に覗いて看ると”林檎緑”色になっています!。一応林檎緑か米湯黄の窯変は同じ窯で発生してしまう現象だとこの品から見れば実証できました。 |
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