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元明清歴代染付、表釉詳解景徳鎮窯系 明末清初南方諸窯)
以下掲載した歴代青花写真品は時代優品や官窯品であり、一般民窯作品より発色は純正で優れたものです。なお、同じ時代同じ窯の青花色も多少違いがあることはご理解した上でご参考ください。
時期 用途 参考品 染付特徴 白釉特徴 胎土 造形 呉須産地
民用
(揚州唐城発掘品)
河南巩義黄治窯

ほか、フィラデルフィア博物館に唐青花碗一点とペンハーゲン博物館に唐魚藻文缶一点があります。
コバルト藍、


線描き
壁画風
透明釉 磁土 土青
民用
(重慶巫山宋墓発掘品)

ほか、浙江紹興宋塔基、龍泉宋塔基に青花碗の残片が発掘されてます。
灰藍
灰黒
絵付けは花鳥動物など自然物が
 潔白でない白釉、青味、黄味、灰色調などがあります。  灰土 不純    淅江省原産コバルト(土青)
湖田窯を中心に景徳鎮地区で大量生産が始まった。北方にも青花窯があるとされていますが、考古上はまた定めていない。
官用
蘇麻離青
鮮やかな青藍を発色し、鉄斑や錫化斑現象が多く現れます。
早中期は:影青釉

後期:白釉
白みのある青調に強い光沢。鴨卵殻色。

末期:卵白釉
土黄気味の濁白釉。光沢は柔らかい。
麻倉土+磁土二元配合、灰白緻密
気泡が見られるほど、粗雑
重厚粗大、開口高足。折口輪花、折腰浅腹。

素地底。小さい器器に火焼紅が見れない。底に鉄紅色の半釉塗りのものもある
平底が多い、圏足の場合は広い浅い、足裏平けずり、外壁角に削り。
大きな器の底に圏状窯支え跡。
小さい器に鶏心底現象
蘇麻離青 元の時代に染付(青華)器はすでに実物考証されています。主に景徳鎮から南方の窯で焼かれています。その背景はペルシア産「蘇麻離青(そまりせ)」染付け料が輸入された。史上最良な呉須とされています。明の成化年に産地の採掘は尽くしたため、「蘇麻離青」の染付器歴史は終了しました。

土青(どせい) 中国国産のコバルト顔料の呼称。浙江,江西,雲南,甘粛などで採掘され、それぞれの採掘地の名をとった名称が使われる。西方からの輸入青料にくらべ不純物の含有量が異なることから、鮮やかな色調が望まれなかったが、清中期以降高度な精製技術の発達により広く使われるようになった。

石子青 江西省上高県天則崗に産す。明の中期顔料自身は無色ですが、焼成後、青い発色するため、「無名子」とも呼ばれます。明~清の民窯には多く使われています(呉須手、古染付)。青発色は暗いですから、官窯の場合は回青と混ぜることにより色の明るさを調整した。
民用 国産土青
藍灰色、藍黒色
灰色、軽い。
1257~1350タイ王国鉄絵器
明洪武~永楽前期 官窯 窯業不振、未精錬の発色の悪い国産呉須を使用。
青灰色、藍黒色、胎土に沁みる。雑質が多いですが、発色は安定で、基本的に暈けなし。
青白、青灰で肥厚。
後期は卵白帯びの白
基本的に磁貫なし
土は土黄、灰白、粗細不均等。砂底で、米糊底。 官用品底部半釉の白釉塗り、黄気味や青い気味。火焼紅、オレンジ色の圏状支え跡。 同時期民窯より風格の変化が見られます。
曲線は柔らかい。
民窯 暈ける現象は官窯より多い

明洪武土青標本
縮釉現象あり、無色磁貫のものもある。 黒い、黄色雑質が多い。
灰白色窯砂付着する場合が多い。
砂底で、高い圏足の碗もある。

民窯は足外壁に染付け線はない。
元の風格を継承しています。
開き口、折腰、上薄下厚

平底、浅い圏足、高台足裏平削り、内壁斜め削りのため、梯形足。元の鶏心底現象もある。
明永楽中後期 官窯 官窯創始期
この時期の呉須料は蘇麻離青と国産配合により、蘇麻離青の欠点の渋い色調を明るく改良し、錫化斑も減少しました。発色は明亮、明の時代に於いて最高の青花器であります。

精錬国産呉須で線描きして、蘇青で広く染める技法も常見。
(精錬国産呉須のみの場合もあります。)

重ね塗り、鉄皮錆、滲青現象があります。

単線弦文
古典的なテーマを規則的に描き。

永宣不分
明永宣砂底サンプル
明永楽蘇麻離青標本
明永楽官窯青花標本
明宣徳調整青花標本
明宣徳官窯青花標本
「蝦殻青」色、光滑、潤いよい、釉掛けは均一。橘皮紋なし。(甜白磁:元白釉よりもっと白い)

底部や、縁部の釉薬薄い部分は黄色気味
繊細潔白、洪武窯より薄手、程度のよい厚さ。
砂底、米糊底、琵琶紅。
小器の底は釉掛、浪現象や磁貫ものもある。高台足内壁の釉層は黄色気味が強い。
造形多彩、端装秀美、曲線円滑、流暢。小さい器色々。

造形工芸精細。
軽く、器内部中央の凹み、と高台裏中央の凸み。

月亮底

高台足裏は修正削りあり
民窯 縮釉現象あり
明宣徳 官窯 亮青、肥厚、潤いよい。釉裏大小泡あり。隠隠と橘皮文あり、表釉波現象あり、磁貫はほとんどない 永楽官窯より若干厚手、潔白細密。砂底、琵琶紅あり 造形豊富多彩、庄重古朴、渾然一体。生産量極大、応有尽有。寸法規則あり。

小さい器巧みあり。

平底が多い、一般圏足は三刀流の平削り、大器の圏足内向け。

月亮底現象ある
民窯 国産呉須の暗藍色発色。若干暈ける。
一筆点画法
白みのある淡青で厚い、気泡、橘皮、棕明らか 麻倉土+磁土2元配合
白い、永楽民窯より若干薄手
明空白期 官窯 黒三代(正統、景泰、天順:政局混乱、官窯減産、民窯禁焼色絵磁器、銅胎琺瑯器流行。)

染付は宣徳~成化の中間ぐらい。灰調子の青色。表釉が厚いから、清楚ではありません。

輸入呉須と国産呉須配合より発色色々。
雲堂手の始まり、単筆重ね塗り、画風疎朗、留白多い。

人物衣帯逆風曲がれ、簇状花草。仏像に背光あり。
樹の枝は人字形分枝。

双線弦文、上軽下重

明空白期青花標本
明正統官窯青花標本
青味の白”水ぼい青”、釉層厚い、光亮透明、気泡多い。
足裏半釉や、口縁部柿釉塗りなどもあります。
白浄 砂底、火焼紅。高台裏削り跡明らか、特別高足はない。高足先軽く内向けか垂直。

造形的元への複古現象があります。壷の足部は収束。
底足削り粗い、鶏心現象はありません。

つなぎ跡明らか、後工芸全体的に悪い感じ。
民窯
明成化前期 官窯 景徳鎮第一次復興期
蘇青:宣徳年に似ている。
宣徳年に似ている

釉層に気泡密集、規則あり。
軽白細密薄。
肌色の土のためか、暖色光に向けると”肉紅色”が感じる
官窯は米糊底

修胎修足規整、盤類は中央凹む。
圏足直高大器はほとんど砂底。

足底外壁角部は削る工芸が出現。

小さい器は白釉底、高台足内向け収束、尖足、足先は丸めに削り。枇杷黄

造形円潤、霊巧、成化無大器
民窯 土青:宣徳年に似ている

双線弦文、高台足下寄る
宣徳年に似ている 潔白細密、以前の民窯より明らかに薄い感じ、若干単薄感もあり。明代民窯に於いて一番品質がよい。
明成化中後期 官窯 国産平等青使用。
焼き上がりは呉須が暈けます。単独使用は効果は鮮やかさはありませんが、闘彩器において、五色との配合効果は面目一新であります。史上最高手の闘彩器”成化闘彩”を成就した。

分水法 双勾埋色

絵付けは宣徳古典風格から民俗活発風格へ変換。
取り込みテーマは広い、明中後期一代新風を開きました。
花葉は陰陽面なし、”成化一件衣”(人物絵は単衣)

成化以前の梵蔵文は羅列に書く。成化以降は中央飾るや図案化されます。

明成化青花標本
明成化官窯青花標本

闘彩へご参照。
温潤な白,半透明で厚い、ラットの様な脂肪質感 軽白細密薄。
肌色の土のためか、暖色光に向けると”肉紅色”が感じる
平等青陂塘青) 江西省鐃州府楽平県にて産出された。蘇麻離青が途絶えたことから成化後期より使われるようになり、甜白と呼ばれる洗練された素地にあった少し淡い感じの色調を呈す。西域産の青料を混ぜてつかわれたとも考えられる。

民窯 光沢のよい潤い
釉層は厚い
潔白細密、以前の民窯より明らかに薄い感じ、若干単薄感もあり。明代民窯に於いて一番品質がよい。
明弘治~正徳早期 官窯 官窯焼成数すくない、成化年後期と同じ
成弘不分
平等青:
発色淡い藍と灰藍。成化窯より若干清楚ではない

以降、双線弦文の軽重現象はなくなる。

明弘治青花標本
灰青、卵白、亮青帯びの白。肥厚 前期成化と同じ、後期は若干厚くなります。 成化よろ若干仕上げがわるい
足壁は内収から外敞へ変化。
圏足低い、火焼紅
民窯
明正徳中期 官窯 石子青:
発色は宣徳と成化の間、発色安定、錆斑あり、濃淡二分水。
一部は暗い。

明正徳青花標本
明正徳官窯青花標本
青灰色帯の白、透明度高、気泡が多い。
繊細であると同時に釉層の厚さは不均一。
底釉は青亮

民窯には、濁る鴨卵殻色のものがあります
粗厚傾向、厚さは不均一 前朝より、大きな器の生産が増えました。
民窯
明正徳後期~嘉靖~隆慶 官窯 正徳晩期には回青の輸入が開始した。
回青は単独使用すると色は明すぎため、石子青と配合して使います。配合比例により、幾つか段階の色調が得られますが、いずれも紫味の濃厚な青です。

嘉靖年官搭民焼制度開始、官民窯の格差は減少傾向。
双勾埋色始まる。描き丁寧。

明嘉靖官窯回青標本

隆慶官窯の呉須色は明中後期に一番よいもの
明隆慶官窯回青標本
青灰色調の粉白、透明で潤いがあります。

後期には灰色度が増える。

底部亮青釉、一部口縁に柿釉

細密
釉地結合部に一線の橙黄色の焼き紅がある
遥かに多彩であります。

底部や修足はやや不丁寧、足底縁角は削っているので、やや丸めなに見える。足壁は垂直か軽く内弧収束。

足壁は薄くなる傾向。

窯砂付着現象もあります。

圏足は前代より低い
回青(かいせい) 明の初めから、雲南地域からの輸入コバルト顔料です。当時は雲南は回教圏にあるため、回回青(かいかいせい)とも呼ばれます。中国本土の青料より発色がよく、嘉靖期に多く用いられた。やや紫がかった青澄色となっている。優良な回青は紺黒調で”仏頭青”と呼びます。なお、コスト的には史上一番高い呉須と言われています。

民窯 平等青:成化年と似ている
石子青:正徳年と似ている
厚さ不均、波浪釉状態 粗相
仕上げは悪い
祥瑞手:明末景徳鎮民窯の最高手とされています。穏重で明瞭な呉須の発色と潔白な白釉の映しあいは非常に綺麗です。”祥瑞手”の呼び方は中国ではなかったから、ほんとに景徳鎮製か定かではない 茶道具
明萬歴前期 官窯 濃厚艶麗な回青配合料

万歴年から、五彩盛行し、青花は主流から脱離します。

明万歴官窯回青標本
肥厚光沢あり,ガラス質、底は亮青。
薄い所は極薄い
白い高嶺土
大きな器の場合は前朝より若干悪い。
小さいな器はまた繊細

工芸的には少し悪くなります。変形ものが多い、厚さも増えました。
火焼紅
修胎や修足は不丁寧

砂付着

圏足はやや高くなるものが多い。

足壁垂直、外敝現象がある

清始までに玉壁底や跳刀紋が出現在
民窯
景徳鎮は輸出開始
明万歴後期 官窯 浙青使用開始
翠青幽藍、若干灰色調、沈静、暈ける
薄い~肥厚、繊細、純白。
底部は亮青色。
縮釉現象あり
浙青 浙江省に産出した青料のこと。発色は青翠なり、国産呉須の最上手です。萬暦20年より清代に至るまで用いられた。浙江産の青料の中でも衢州(くしゅう)・信州のものが良とされる。
民窯
明天啓 官窯 明の最後の官窯です。
万歴風濃重な発色~淡描青花。
描き繊細、濃淡表現出現
明天啓~
崇禎
民窯 民窯青花器製作の盛期です。
国産呉須の精錬もこの時期から、始まったかと思われます。

藍灰、黒灰、色調濃重。暈ける。青花色は浮かぶ。

山石皴染分水法始まり、簡筆写意 線描き+染色、多彩な絵画。
薄い、蒼白、若干品質が悪くなりました。 高嶺土
青味の白、万歴より濁る、ガラス質感は落ちた。
灰白
極灰暗のものもある
粗相
砂付着

高台裏が浅い。

古染付」は一般に中国,明末・天啓年間に作られ、景徳鎮の民窯にて焼かれた染付磁器こという。または中国からの輸入品の意味で明~清の景徳鎮あたりの染付器を一律「南京染付」と呼びします。

単線平塗と淡描法,青花発色層次感なし。

南方民窯の呉須手とは区別されます。

平和窯呉須手
福建省
呉須が暗い。描き丁寧ではない、写意線描結合。 表釉は渋い、艶が悪い。古窯の窯傷が多い 砂底
底部柿釉塗りが多く見られます。
芙蓉手が多く見られます。皿や茶碗などがメイン。
徳化窯呉須手
白磁が有名な徳化窯は明後期~清末まで、日本産呉須を輸入して、青花磁器を作っていました。淡い青色の特徴。絵付けは景徳鎮よりシンプル。
明末~清末まで工芸、造形と絵柄はあまり変化が見られませんので、窯も散在しているので、品質はバラつきがあります。
日本産呉須は幕末明治の染付に似ている。
ほか国産呉須も使用
表釉の艶よい。 徳化の白土と白磁は基本的白みよいです。焼具合は堅白。
軽くピンク色(早期)、黄色(中期)、、青灰色(後期)帯です
造形は南方の軟性粘土に会う角は少ない。
漳州窯呉須手
今世紀50年代までは、遺品は近隣の徳化窯として認識していました。80年代本格の窯跡が発掘され、確認できました。明中後期の漳州窯の定窯白磁写しは乾隆帝に収蔵されるほど良く出来たものです。
明末清始には輸出手呉須赤絵の窯元として有名です。呉須手も生産されています。
呉須は艶麗濃重 表釉は白 土は黄色味がする
粘土質高い
描きは徳化窯より丁寧、芙蓉手が多い、景徳鎮風格。
安南染付
中国広東~ベトナム地域(昔安南と呼ぶ)の染付器のこと。白釉は灰黄気味で、地元の呉須原料の発色も暗いです。
清順治~清康煕初期(十九年まで) 輸出用 景徳鎮蕭条期
産量極少ない
官搭民焼制度採用

浙青の場合は発色深沈、非常に安定しています。
鴨卵殻色。厚い、ガラス質感低い。 潔白堅実 高台厚重、素朴。
明末の軽巧な器は見られなくなります。

双圏足泥鰌背が出現
官用
上等江西土青は、発色淡く、浮かぶ
民窯 景徳鎮は戦乱後の回復期はじまる。
下等土青、浙青を使いました。発色は暗黒、明の万歴よりも悪いです。

康煕早期には前代青花写しを多く作られていました。
濁る白、薄い 粗雑 口縁に柿釉、底部素地の場合は多い、仕上げ悪い、
飛刀跡。
餅支えを使用のため、底足には砂付着ありません。
平底は上へ凹み。
火焼紅、底部に窯瑕、圏足内収。高台足壁が厚い。

玉壁底(軽く凹み)はこの時期のものです。

二層台(二段高台足)
清康煕中期(二十年~四十年) 官窯
景徳鎮中興期、御窯厰官窯復業。
数多くの彩磁技法応用されましたから、青花は主流の地位を譲る。

雲南省輸入の”珠明料”を使われています。翠青明瞭、赤味があります。”头浓、正浓、二浓、正淡、影淡”と五階層に分かれ、表現力は抜群です。”墨分五色”と呼ばれます。

分水法

なお、これから清三代の呉須発色は胎土に染めるほど沈む感じがあります。

清康熙中期官窯(珠明料)標本
清康熙中期官窯

琺瑯彩の創立期
粉白、濁白、純質で潤いよし、厚釉。
底部の白釉は胴体と同じ。
潔白堅硬、雑質すくない、適当な厚さ。

注型の物が出ます。磁貫があります。

優質高嶺土
潔白で艶があります。(コシヒカリのようですから、”糯米胎”と呼ばれます。)
土の研磨は繊細

胎釉結合処の火焼紅現象は完全になくなります。

素足裏に薄い柿釉塗る民窯ものがあります。

早期:足壁は内弧収、双圏足、二重台、玉壁底などあり。

中期:足裏平削り、足壁はやや椎形。

晩期:
丸い泥鰌背
足が低いやや外敝

康煕官窯


康煕民窯


雍正官窯


雍正砂底大皿
風格挺抜豪放、推陳出新、千姿百態。

高台足は平削りか、泥鰌背、半泥鰌背、仕上げは丁寧、光滑。

火焼紅現象は大部減りました。

双圏足の場合、圏と圏の間は無釉。

焼具合は明より相当堅くなります。表釉と素地の結合は感じよいです。
珠明料明末、スマトラ呉須は尽くした後、雲南に於いて発掘された優質呉須です。発色明るい、スマトラより軽く赤味帯のため、”朱明料”と命名されました。清康煕年中期景徳鎮官民窯ともメインな呉須原料として使いました、明代皇帝の姓氏を避諱するため”珠明料”と改名した。
康煕年の珠明料は上下二等に分かれます。
上等珠明料は発色翠青、明亮艶麗、軽く赤い艶があります。官窯ものです。
下等珠明料は上等ものより品質が悪い、雑質があります。浙江省産の呉須”浙青”と混ざって使います。色は若干暗く濃いですが、翠青の風貌は完全には失われていません。民窯品の材料です。
珠明料は墨のように、重ねる塗り立てより、濃淡の層次や表現が出来ますから、康煕年の染付け器は”墨分五色”と言われます。


仿古
民窯 強い青味帯びの明亮な白ものもある。 高台足は平削りが多い、仕上げは丁寧。
清康煕晩期(四十年以降) 官窯
発色淡雅、藍調、暈け現象があります。生産は極和わずか
人物物語の描きが多く看られる。
非常に軽く青調の粉白と強い青味帯びの明亮な白ものもある。
民窯
清雍正 官窯
景徳鎮創作期、製品の品質は精良、清に於いてトップの地位

青花を含む磁絵技法の最高嶺とされています。
浙青
標準官窯用料は純藍、純質、色調あり、非常に軽く暈ける現象があります。

後期は淡藍に蔵青の点があります。発色は淡雅安定。

描きは工筆線描、塗るも丁寧であります。

細部や陰陽、層次を色調で表現する。

青花併用の多彩な技法の器が多い
粉彩の創立期
純浄な青白釉
釉層に気泡が有ります。
一部軽い橘皮紋あり。
風格秀麗、作風厳慎、審美感や、芸術性抜群。
浙青


仿古 紫調の調整呉須

仿古最盛期
輸出盛期
民窯 この時期民窯優品は官窯なびの品質といわれます。
灰藍色のものがあります。
粉白釉もある
清乾隆~嘉慶前期 官窯
景徳鎮歴代生産量、品種トップ時期、無所不有といわれる最大基模。
浙青
中期には呉須が暈ける現象を完全に解消しました。発色艶麗、描き技法上は前二朝より細緻であり、描き対象物は伝統的な花鳥龍鳳が多く看られる

(乾隆年以降粉彩、色絵磁器は盛行、青花器の生産は減りました。)
純質で潔白、非常に軽青味、潤いはよい、玉質感抜群。前朝より若干薄釉。

釉層に繊細な気泡があります。

白釉と青花の映し合い感覚は歴代に最高に綺麗といわれます。
基本的には前朝と同じ、若干厚手。

地と釉結合処の火焼紅現象完全になくなります。
素足に塗る半柿釉の色は前朝より濃いめ。
泥鰌背は幅が見せる
大きな器は泥鰌背を横伸ばしたような梯形断面の高台足。足裏は平削り、両側丸い光滑に削り。
千姿百態、応有尽有。推陳出新、以新取勝。

上下左右対称。バランス感覚はよい。

製造工芸上は清に於いてナンバーワンーの地位です。
仿古 濃重、紫色調の配合呉須。蘇青の鉄斑を再現するため、人為的な点染を抱える。

前朝より工芸造形上は拘らない。

輸出最盛期
仿古盛期。
民窯 民窯優品は官窯並の品質。 濁白、灰青のものもある。 後期民窯もの高台の仕上げは輪角が感じるほど、若干荒い。
清嘉慶後期~道光前期 官用
景徳鎮衰退期、毎況愈下、嘉慶十五年御窯厰官供停止。後官用磁器は”官注民焼”方式を取る。
浙青 深藍色、発色は若干不安定。軽い暈ける現象が現れる。
渾藍色の呉須は発色は安定ですが、浮かぶ感じ。

清中期青花標本
光滑繊細な白釉が、青い艶があります。
薄い掛けたものと、厚く掛けたものがあります。

疎松、粗糙、大粒が見れます。そのため全体の重さは前朝歴代より軽い。

高嶺土は厳重欠乏のため、廬山星子土を開拓。

基本的には前朝の風格を継承していますが、品種は減少。

土は民用品よりよいため、民窯ほど荒くはないですが、前朝より大分品位が落ちる。

尖足削り
民用
民窯製作工芸直線下降、装飾用磁器生産も直線下降。

浅藍発色の物は発色安定で、暈けません。
淡雅な感じ。

晩期には暗藍のものもあります。

白描青花出る

アヘン戦争直前の時期。
厚い釉面に波浪現象(波浪釉

薄い釉面に橘皮紋や気泡の破れ跡。

窯灰は器の底部や表面へ付着(蕎麦地

濁白釉は縮釉現象
青白釉は涙痕
最初は高嶺土+星子の二元配合に技術不成熟のため、大きな器の底は垂れる。 或いは人為的に器の底部を厚くするため、器の造形は上軽下重の感じです。

器の壁は厚薄不均一、高台足壁が厚い。高台裏削りも荒い。轆轤跡あり。

明末の匣焼は盛行、砂は粗い。
清道光後期~咸豊 官用
アヘン戦争後(道光二十年後)、国力空虚、輸出停止、生産量下降。
国産呉須の発色は鮮艶でありますが、不安定、暈ける、層次感覚なし、浮かんでいる感じ。
点染筆法発見されていません。

暗い色調の呉須もあります。
多くは粉白、一部青みが強い、釉に波状態で、平滑ではなかった。素地に窯灰を掛かった現象もあります。
釉層不均一の現象があります。
高台足は、泥鰌背、菱角なしの梯形、光滑。

火焼紅なし。
基本的に前朝旧制を援用する。
創新はあまりないです。

底部加厚、器全体重い。大きな器の底たれ現象は改善されています。
民用 呉須の発色は灰色調で、濃いですが、深く付かず、表に”浮かんでいる”感じ。民窯風格の”氷梅文”や多見。

鉄斑が現れる。
白描青花が多い

咸豊五年景徳鎮は第二次アヘン戦争と太平天国戦争戦闘地域になり、御窯厰閉鎖され、景徳鎮は停産状態。
咸豊五年まで、官窯生産は僅かです。
高台足は削り不丁寧、角や轆轤跡あり。
底部に荒い砂付着
磁化度低い。
清同治 官窯 西太後「垂簾聴政」開始。景徳鎮生産回復したが、工芸は後退した。

国産呉須、発色は清麗~灰藍、何れも浮かぶ感じ。
例外の西太後御用”体和殿製”は発色鮮明です。”体和殿製”の表釉は白いです。
民窯 国産呉須、発色は清麗~深沈色々ありますが、何れも浮かぶ感じ。暈ける。
清光緒
清宣統
(晩清)
官窯
晩清景徳鎮復興期形成の3大要因:朝廷の巨額出資より御窯厰再開と管理の強化、民族資本主義抬頭、中国古陶磁は世界的に認めたため、仿古産業の興起)
浙青
浅藍色調で、風格柔和明瞭。艶が少ない。光緒青花独特な風格です
疎薄な釉掛け、青白か泥白、純白、光沢は弱い。 洗練された潔白の星子土、繊細、緻密。厚醇。

製品、遺品の一番多い時代です。 洋藍
西洋や日本からの輸入化学呉須。発色安定、平淡、層次感はない。癖のない、単純な色調です。
価格は国産呉須よりも大分安いため、光緒後期民窯青花の主な呉須原料になります。このため、国産呉須の生産業へ壊滅的な打撃を与えた。

民国十五年以降、民族資本より、国産呉須の再開発利用を進められましたが、まもなく、景徳鎮は国共戦争の地になり、景徳鎮の生産は再度壊滅的な打撃を受けました。

中華人民共和国建国後、市場経済を禁止したため、景徳鎮のほとんどは、低価格な民用品生産のみの状況ななりました。

五十年代、景徳鎮陶磁研究所は国の要請で、国用磁器の研究開発を進められました。

七十年代に、ようやく高級日用磁器や、装飾磁器の生産が開始あしました。

景徳鎮技術全面的な回復や、生産量の上昇は、八十年代中、市場経済が解放された後のことになります。

九十年代には、仿古業や輸出盛行、国内需要も大きな支えて、景徳鎮全面回復の時代に入りました。すでに歴代を凌くほどの製品はただいま、定常的に生産しています。
仿古 純藍色呉須に、排列に規則がある蔵青色の点が見られます。

清早期三代の写しは成功しました。呉須発色はよいですが、表釉が薄いため、安定感は欠如しています。
清早期三代の写しは一番多い
民窯 装飾品、高級品は浙青を使います。

日用品は土青使います。灰藍、藍黒調子。
若干黒いゴミを混ざっていることもあります。
波浪釉現象があります。
商品化市場化が進む、千奇百怪、なんでもあり。
民国
初期

化学呉須料(酸化鈷)が登場により、青華発色はさらに明るくなります。なかにも優れた仿古器はすくなくはありません。 高級観賞用磁:青里透白、清より白い、光滑、表釉薄。

民国後期の白磁は特有な収めた艶の粉白色調があります。淡泊な粉彩絵と相性がよいです。
地は繊細潔白、胎と釉結合好い。
民用品と低級写し 黄色気味、”米湯釉”とよばれます。 胎土も黄色気味、粗松。
現代 高級鑑賞用磁は潤いのよい純白釉がでました。特に色調豊富な水粉彩絵と相性がよいです。